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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)5194号 判決

原告 萩原昌

右訴訟代理人弁護士 西部健次

同 池内精一

被告 村田義雄

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 羽田忠義

同 池田忠正

主文

被告村田義雄は原告に対し金五〇六円を支払え。

原告の被告村田義雄に対するその余の請求ならびに被告村田きよ江に対する

請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

「被告村田義雄は原告に対し、別紙物件目録(三)記載の建物を収去して別紙物件目録(一)(二)記載の土地のうち別紙図面記載のA、B、C、D、E、F、Aの各点を順次結んだ直線によって囲まれる部分を明渡し、かつ昭和四四年四月一日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金一九〇〇円の割合による金員を支払え。被告村田きよ江は右建物から退去して右土地部分を明渡せ。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者双方の主張

一  原告主張の請求原因

(一)  原告の父訴外萩原斧吉は別紙物件目録(一)(二)記載の各土地を所有していたが、昭和九年一一月七日、そのうち別紙図面中A、B、C、D、E、F、Aの各点を順次結んだ直線によって囲まれた部分の土地(以下「本件土地」という。)一〇九・一九平方メートルを被告村田義雄に対し、期間は二〇年とし、建物を新築、増築、改築する場合には事前に賃貸人の承諾を得なければならない旨の特約を付して賃貸し、その頃被告義雄は右土地上に別紙物件目録(三)記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築所有した。

(二)  その後前記訴外人が死亡し、原告が本件土地の所有権および賃貸人たる地位を相続し、また本件土地の賃貸借契約は昭和二九年一一月六日法定更新された。

(三)  ところが被告義雄は昭和四四年三月ごろ原告に無断で本件建物の大改築に着手したので、原告は被告義雄に対し、昭和四四年三月三一日到達の内容証明郵便をもって右改築工事の中止を要求し、中止しない場合は賃貸借契約を解除する旨通知した。

(四)  しかるに被告義雄は工事を中止しなかったので、原告は被告義雄に対し、昭和四四年四月九日到達の内容証明郵便をもって右賃貸借契約解除の意思表示をした。

(五)  また本件建物は昭和四三年一二月以前に朽廃していたものであるから少くとも同月末日をもって本件土地の賃貸借は終了した。

(六)  被告村田きよ江は本件建物を占有しており、本件土地の賃貸借契約終了時の賃料は一ヶ月一九〇〇円である。

(七)  よって原告は被告義雄に対し本件建物の収去土地明渡および昭和四四年四月一日から同月八日までは賃料、同月九日から明渡ずみまでは賃料相当の損害金として一ヶ月一九〇〇円の割合による金員の支払を求め、被告きよ江に対しては本件建物からの退去、土地明渡を求める。

二  被告らの答弁

(一)  請求原因第一項の事実は認める。

(二)  同第二項の事実は認める。

(三)  同第三項の事実中、被告義雄が原告に無断で本件建物の大改築に着手したことは否認し、その余は認める。被告は昭和四四年一月二〇日本件建物の修理をすることについて原告の承諾を得た。

(四)  同第四項の事実中、原告が被告義雄に対し原告主張の意思表示をなし、これが原告主張の日時に到達したことは認め、その余は否認する。

(五)  同第五項の事実は否認する。

(六)  同第六項の事実は認める。

(七)  同第七項は争う。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  原告の父亡萩原斧吉が昭和九年一一月七日被告村田義雄に対し、期間二〇年、無断増改築禁止の特約付で本件土地を賃貸し、その頃同被告が本件土地上に本件建物を建築したこと、その後原告が本件土地の賃貸人たる地位を相続により承継し、昭和二九年一一月六日本件土地の賃貸借が法定更新されたこと、原告が昭和四四年三月三一日到達の内容証明郵便をもって被告義雄に対し本件建物の改築工事の中止ならびに右中止をしない場合には本件土地の賃貸借を解除する旨通知したこと、原告が昭和四四年四月九日到達の内容証明郵便をもって被告義雄に対し右賃貸借解除の通知をしたこと、右時点における本件土地の賃料が一ヶ月一九〇〇円であったことはいずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、本件土地の賃貸借は昭和四三年一二月建物の朽廃により消滅したと主張するので、まずこの点につき検討するに、前記争いのない事実によれば本件建物は昭和九年一一月頃建築された木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺平家建床面積五八・六七平方メートルの家屋であるところ、≪証拠省略≫によれば、本件建物(八畳、六畳各一、四畳半二)は昭和四三年一二月頃において、雨もりがひどく四囲の土台、支柱の根元などがかなり腐蝕し、南側四畳半(二間)の床、天井、外壁、内壁、襖、畳等もかなり損傷していたことが認められるが、後記認定の程度の補修を行なうことによって使用することが可能であり朽廃の状態のなかったことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

三  そこで、無断増改築禁止の特約違反による解除の点について検討する。

≪証拠省略≫によれば本件工事の状況は次のとおりであることが認められる。

(一)  屋根 雨もりがひどかったため屋根瓦の一部を取替える必要があったが、本件建物の瓦は昔のサイズであったので全面的にセメント瓦に取替えた。なおその際屋根の野地板(南側は全部、その他は損傷箇所のみ)および垂木の一部を取替えた。

(二)  外壁 周囲の下見板を全部はがし、南、北、西側をモルタル塗とし、南側の力板を新しくし、庇三ヶ所を取替えた。

(三)  土台 周囲の土台はかなり腐蝕していたが、そのうち南側、西側の土台(長さ約六メートル)を取替えた。

(四)  柱 外周の柱はいずれもその根元の部分が腐蝕していたが、そのうち西側四畳半の南西角の柱を一本取替えた外に東西四畳半の境辺に新しい柱を一本入れ、本件建物の北東角の柱は周りから板をかぶせてモルタルを塗った。

(五)  床 四畳半二間の床板、大引、根太、床束を取替えた。

(六)  天井 玄関、四畳半の天井を新しく取替え、台所に天井を新設した。

(七)  内壁 所々に下地工事を施したうえ、既存の壁の表面に全面的に漆喰を塗った。

(八)  建具 襖一部、畳全部を新しく取替えた。

(九)  本件工事は本件建物の維持保全の見地から特に損傷の激しい箇所についてのみ補修・改善を行なったものであり、土台、柱、梁等の大部分は従来のものをそのままとし、建物の床面積、構造等には何ら変更を加えず、総工費は約七〇万円位であった。

本件工事の状況は概ね以上のとおりであって証人村田正幸の証言中右認定に反する部分は信用できず他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで借地人が借地上に一旦建物を建築した以上、当該建物が朽廃してその使命を全うするに至るまでは、可及的にその機能ならびに美観を維持保存すべきことは当然のことであってそのためになされる合理的な範囲内の補修工事(必然的に大なり小なり当該箇所の改良を伴なう。)はたとえその規模が大であったとしても許されるべきであり、これを特約によって禁ずることは借地法一一条の趣旨に反し許されないというべきである。

このような見地に立って本件工事の内容をみるに、本件建物は長期間にわたって手入れを怠っていたために、前記認定のような大規模の補修工事を必要とするに至ったもの、と考えられるが、前記認定のように未だ朽廃の時期には至っておらず、これに対し前記認定のような補修改良工事を加えることは建物の機能・美観を維持保存するために必要な合理的範囲内の工事というべきであり、これをもって増改築禁止の特約に反するものとして賃貸借の解除をすることは許されず、したがって本件賃貸借の解除は無効というべきである。

四  以上によれば、原告の本訴請求のうち、本件賃貸借の終了を前提とし、被告義雄に対し建物収去土地明渡ならびに損害金の支払を求める部分および被告きよ江に対し建物退去土地明渡を求める部分はいずれも理由がないことになるが、被告義雄に対し昭和四四年四月一日から同年同月八日までの月額一九〇〇円の割合による賃料五〇六円の支払を求める部分は理由がある。

よって原告の本訴請求中右理由のある部分を認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋正)

〈以下省略〉

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